インタビュー

新町橋よいよい囃子 阿波踊りの原点、誰もが踊る阿呆になれる場所

新町橋よいよい囃子

2018年、阿波踊りはいろんな意味で大揺れ。

観光協会が破産、市と阿波踊り協会の一つとの対立、総踊りの中止、そしてゲリラ総踊りの決行…等々。

テレビへの露出は増えたものの、肝心の阿波踊りの人出は過去最低に…。

そりゃそうでしょう

お祭りは「楽しいもの」のハズなのに「喧嘩」してるようなところにはイヤですよね

それでも、(2019年時点で)45年間もの長きにわたり、変わらない場所が阿波踊りにはあります。

地元徳島の人、観光客の人、外国人の方、有名連も無名連、誰もが関係なく自由に輪になって踊れる場所。

それが「新町橋よいよい囃子(ばやし)」

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連誰もが踊れる場所、それが新町橋よいよい囃子

この記事では、阿波踊りを誰もが自由に踊れて、自然発生的に踊り手が輪になって踊れる場所、新町橋よいよい囃子をご紹介します。

2018年、トラブルの結果、阿波踊りの人出はやはり減ってしまった

2018年の阿波踊り、訪れた観光客は統計を取り始めてから最も少ない108万人(実行委員会公表による)だったそう。

最終日に雨が降った事を差し引いても、かなり少なくなりました。

一部報道では「100万人」というのは「お約束」であり、本当の実数は「21万人ほど」という記事もありました。

実際のところ、何万人だったんでしょうね…

現地にいた者の感想として、日曜日と重なった初日以外はパッと見で(少ないな~)という印象。雨の最終日は悲しいほどスカスカだった気がしました。

こうなった要因として、総踊り中止を始めとした、阿波踊りを取り巻く一連のゴタゴタが影響した…という指摘。

また、もはや観光の在り方自体が古い「昭和型」で遅れているのでは、という声もありました。




45年間、新町橋のたもとで演奏を続ける人たち

そんな中、阿波踊りの掛け声にもある

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々~」

が44年もの間、変わらずに実際に行われている素敵な場所をご紹介しよう。その名は「新町橋よいよい囃子」。

この画像をご覧ください。

お囃子が始まった直後。まだ人の輪はポツポツ。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連演奏開始直後、まだポツポツ

しかし、しばらく演奏が続くとどこからともなく人が集まり、この熱気に!

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連いつの間にか、人の輪が何重にも

多くの方が普通の服を着ている事からも分かる通り、この場所は一般人も観光客も地元の人も、まったく関係なく、自由に踊れる場所です。

もちろん無料。出入りも自由。

この場所(連)の名前は『新町橋よいよい囃子』。

新町橋よいよい囃子の実際の踊りの様子を動画で

こちらが新町橋よいよい囃子を上から見下ろした動画。

途中からですが、それでも盛り上がってる様子が伝わるでしょう。それでも22分あります。

新町橋よいよい囃子とは

新町橋よいよい囃子は、今から45年前(2019年時点)に結成された連…というか演奏集団です。

連長というかリーダーが、こちらの柳町春雨(やなぎまちはるさめ)さん。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連 柳町春雨柳町春雨さん
柳町春雨さん
柳町春雨さん
僕が22歳の時に始まったのはハッキリと覚えてます。それは間違いないですよ

僕が今66歳だから44年前に始まった…はずです(2018年当時)

当時、両国本町にあったジャズ喫茶のマスター吉本さんが、常連客と一緒に鉦(かね)や太鼓、そしてフライパンや一斗缶などを叩いて新町橋の北詰付近で演奏をしたのが始まりだそう。

現在ではきちんと三味線、笛も揃った正統派な囃子となっています。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子新町橋よいよい囃子

結成されてからしばらくは、お囃子として演奏のみを行っていたそう。20年ほど前に何かにイベントでステージに立つ事になることに。

その際、柳町春雨さんから

柳町春雨さん
柳町春雨さん
ゆうぞうさん、ヴォーカルやって

と依頼したことがキッカケで、後藤ゆうぞうさんが唄うようになったそうです。

ですから、歌がつくようになったのはよいよい囃子の歴史からするとわりと最近の事。

唄は柳町春雨さん(歌わない回もある)、後藤ゆうぞうさんの他、民謡が本職の笹路子さん、4年ほど前からポール川口さんも新たに歌い手として加わり、今に至っています。

演奏家も強者揃い。音楽で生計を立ててらっしゃるプロのミュージシャンの方もいます。

実は大杉漣さんも新町橋よいよい囃子で演奏した事もあるんですよ




新町橋よいよい囃子、実は名前は後付け

結成当時からかなりの間、新町橋よいよい囃子には名前がなかったそうです。ですから、

「新町橋のあいつら」
「新町橋にいるやつら」

みたいな呼ばれ方をされていたそうです。十何年か前にNHKの取材が入る事になり、その際に当時のプロデューサーさんから

春雨さん、お願いだから何か名前つけてくださいよ

このままじゃ放送しづらくって仕方ない

と言われたそう。

それで仲間の皆さんと何日かあ~でもない、こ~でもないと話合って付けた名前が「新町橋よいよい囃子」だったそうです。

名前が出来たのも、歴史から振り返るとわりと最近だったんですね。

とても良い名前だと思います

踊りはお好きにどうぞ、でも演奏には徹底的にこだわる

今回(2018年)、新町橋よいよい囃子を見ていて面白い出来事がありました。

基本的に新町橋よいよい囃子は自由に踊ってOKな場所。よほど周りの方の迷惑をかける…とかでなければ演奏メンバーからとやかく言われる事はありません。

ある方が手で叩くタイプの太鼓を持って踊りながら乱入したのです。しばらくすると柳町春雨さんがその方を呼び止めてしばらくやり取り。

また再びその方は踊りの輪に入っていきました。

演奏が終わったあと、その方が場所を離れようとしていたので、思いきって聞いてみました。

さっき、春雨さんから何か言われてましたよね、あれ何だったんです?
あ~、あれね

リズムが違うと言われました(汗)こうや、こうやでって

同じ事を、演奏の合間に春雨さんにも聞いてみました。

柳町春雨さん
柳町春雨さん
彼、リズムが違ってたからね

踊りは好きにしてもらっていいけど、演奏に参加するならきちんとやってもらわないかん

新町橋よいよい囃子はあくまで演奏、歌を唄う方たち。だから、踊りに関しては何も言いません。

しかし、演奏となれば話は別です。彼らはめちゃくちゃ誇りを持って演奏しているのです。




極めようとすればするほどシンプルになっていき、原点に

柳町春雨さん
柳町春雨さん
僕らもね、最初はめちゃくちゃだったんです

フライパン叩いたりしてましたから(笑)。でも、あまりにひどい演奏をだったんでしょうね、見るに見かねたある方から

『お前ら、教えてやるから、きちんとした演奏しいや(しなさい)』って言われました

柳町春雨さん
柳町春雨さん
教えを受けて、僕らも一生懸命練習しましたよ

柳町春雨さんは音楽をずっと生業にしてます。でも、ある時思ったそうです。

柳町春雨さん
柳町春雨さん
ブラックミュージックをやったら、どうしてもアフリカの人には負ける

グルーヴをやったら、どうしてもアメリカ人に勝てない

彼らは先祖代々受け継いだDNAの中にそのリズムが刻まれてるんですよ、かなわないんです

でも、僕らでも負けないものがあるな…って思い出したんです

阿波踊りですか

柳町春雨さん
柳町春雨さん
そう

僕もきっと、お母ちゃんのお腹にいた時から阿波踊りのリズムは聞いたと思うから

まさかDNAレベルの話が出てくるとは思いもしませんでした(笑)。やっぱこだわってるんですね。

柳町春雨さん
柳町春雨さん
(演奏に関しては)色々とね、試行錯誤もしたんだけど

極めようとすればするほど、シンプルになっていくんだよね

柳町春雨さん
柳町春雨さん
僕らの演奏を耳にした、お爺さん、お婆さんが集まりだして踊ってくれるの

きっと、戦前に耳にした阿波踊りに近かったからじゃないかなぁ

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連車イスのお婆さん。雨の中、ずっと新町橋よいよい囃子を楽しんでらっしゃった

春雨さんによれば、新町橋よいよい囃子の演奏は、戦前の「のんき連」の演奏を模範にしているそうだ。

極めようとすればするほど、シンプルになっていくというのは真理だなぁと思いました

何事もそうですよね。達人ほどシンプルで手数が少ないですよね

ポール川口さんに聞いてみた

ポール川口さん。4年前の2014年からこの新町橋よいよい囃子に正式に加入し、ヴォーカルとして皆さんを楽しませてくれてます。

通常のお囃子に加えて、「幸せなら手を叩こう」、「アンパンマンマーチ」、「おおシャンゼリゼ」、などを替え歌にしています。

ポールさんは徳島出身の方ですが、徳島を離れ東京など県外で、15年ほど過ごしたそうです。

ポール川口さん
ポール川口さん
徳島を離れて徳島の良さに気づきました
ポール川口さん
ポール川口さん
阿波踊り自体も、昔は「こんなものアホらしい」と斜に見てた時期もありました
ポール川口さん
ポール川口さん
でも、あるときからこの新町橋よいよい囃子で踊るようになって。ココで踊るのって本当に楽しくて

そのうち、だんだん皆さんとも仲良くなって、鳴り物とか太鼓とか、演奏に参加させてもらってました

そうこうしてるうちに春雨さんが「歌ってみたら」と言ってくれたので、唄わせてもらう事になりました。

プレッシャーとかはなかったですか?
ポール川口さん
ポール川口さん
あります、めっちゃありますよ(笑)

四日間歌うのもノドが大変ですしね

でも、それ以上に楽しいです

では、今後もこの新町橋よいよい囃子で唄ってくれるのでしょうか、とお尋ねしたところ、間髪入れずに笑顔で

ポール川口さん
ポール川口さん
もちろんです!

とお答えくださいました。

ポール川口さんは、長身で、ご覧のようなメイクをして、キツネの仮面をかぶったりもして。怪しい色気を放つ方です。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連 ポール川口唄ってない時は常に踊っているポール川口さん

後藤ゆうぞうさん

こちらは新町橋よいよい囃子ヴォーカルのお一人、後藤ゆうぞうさん。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連 後藤ゆうぞう後藤ゆうぞうさん

ゆうぞうさんは、新町橋よいよい囃子が始まってから2年目くらいから参加してるそう。ほぼ初期メンバーと言っていいでしょう。

今でこそヴォーカルとして知られていますが、前述のように新町橋よいよい囃子は、20年くらいの間は楽器を演奏してるだけでした。ゆうぞうさんも、しばらくの間は楽器隊でした。

ある時、春雨さんから指名されるカタチでヴォーカルを担当する事に。現在のところ、新町橋よいよい囃子は…

春雨さん(やらない時もある)→ポール川口さん→笹路子さん→後藤ゆうぞうさんの順番で歌われています。

少しずつ盛り上がって、熱気が最高潮に達するのは、やはりラストを担当する後藤ゆうぞうさんがヴォーカルをしてる時だ。

ザ、祭り!って感じを体感できます




新町橋よいよい囃子、いつもウチワを扇いでる人がいる

あ、あの人今年もウチワ扇いでるね

と、妻が言った。なんでも私と結婚してから、近所でやってる新町橋よいよい囃子を間近で見るようになって気づいたそうだ。

あの人、毎年いるし、阿波踊り期間中は毎日いるよ
マジ?全然知らなかった

少し観察してみる。確かに、踊ってる人に向けてウチワをパタパタと扇いでいる。彼は自分では踊らないのだろうか?思いきってお話を聞いてみた。

阿波踊り 新町橋よいよい囃子 にわか連 うちわを扇ぐ人ウチワを扇ぐトヨヒサさん

彼は「トヨヒサ」さん。聞けば、もう15年ほどこの新町橋よいよい囃子のファンだという。ウチワをパタパタと扇いでいるのは

これはお接待のつもりなんです

暑い中で踊る人に少しでも涼しさを…というコトだったんですね。

僕は徳島の人間です

始めはそこの(向かいの藍場浜演舞場を指さして)有料演舞場で有名連の踊りなんかを見たりもしてました。それはそれでもちろんすごいんですけど

色々な場所で阿波踊りを見てるうちにココに惹かれました。ココが大好きですね

いろんな方がいるのが「新町橋よいよい囃子」。

他にも毎年四日間、この「新町橋よいよい囃子」を見るのを、踊るのを楽しみにしてる方が何人もいますよ。

今年も阿波踊りがやってくる、新町橋よいよい囃子で好きに踊ろう

さて、今年ももうすぐ阿波踊り。

阿波踊りもいろいろ変わったところもあるようですが、「新町橋よいよい囃子」は今年もいつも通り、誰でも自由に踊れる場所を提供してくれるハズ。

有名連の洗練された踊りを見て楽しむのもヨシ、新町橋よいよい囃子で輪になって踊るもヨシです。

徳島市阿波踊り、そして「新町橋よいよい囃子」にぜひ遊びに来てくださいね。

団体名 新町橋よいよい囃子
開催日 毎年8月12日~15日 19:00~23:00くらいまで。演奏時間は1回30~40分。1日4回くらい演奏)
場所 新町橋北詰め付近の車道(目の前にミセルマルキ、そばの橋本、こだわりとうふ太子屋新町店があるあたり)。
備考 踊りはご自由にどうぞ

ABOUT ME
ランキン@徳島で暮らして
ランキン@徳島で暮らして
徳島密着ブログ「徳島で暮らして」主宰。 ライティング、CMS入稿、写真撮影、LINEスタンプ作りします。お仕事依頼はお気軽にお問い合わせください。 徳島ヴォルティスサポ。2011年名古屋→徳島市新町橋付近に移住。妻、4歳の息子と三人暮らしの40代。 皐月賞馬イスラボニータの元一口馬主。イスラボニータLINEスタンプ配信中 https://store.line.me/stickershop/product/5956328/ja